食の記憶 2 ーライスボールー

小学校2年生のとき、父の転勤でインドネシアに住むことになりました。転校するにあたり、日本人学校にするか、インターナショナルスクールにするかを、選ぶことになりました。私は簡単に、クーラーが付いているという理由で、インターナショナルスクールにしました。引っ込み思案な私が、インターを選ぶとは両親にとっては、意外だったようです。英語なんかまったくできないのに、涼しいほうを優先したとは、のんきなものです。

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インターナショナルスクールの初日、お昼の時間のことです。昼休みは、生徒達は涼しい教室を出され、何故か外の通路に一列になって地べたに座って昼食を食べていました。私もその中に混じって、座りました。皆、めいめいランチボックスという持ち手付きのプラスチックのケースから、サンドイッチを出して食べ始めました。私も、自分のお弁当箱を開け、母の作った卵ふりかけのおむすびを取り出しました。そのとたん、同級生の男の子が、「ライスボール!」と叫びました。「ライスボール!ライスボール!」周りじゅうの子供達が、騒ぎだし、わたしのおむすびを取り上げて投げ合う始末。訳が分からず、ぶったまげた私。いじめるつもりはなく、ただ珍しくて面白がっていただけでしたが、私はその日から、怖くてお弁当箱を開けられなくなってしまいました。毎日お弁当に少しも手を付けてないことを母もいぶかりました。問いつめられ、母も事情を理解し、それからお弁当はみんなと同じサンドイッチに。学校生活にも慣れてくると、学校のカフェテリアも利用したりして、結構気ままに楽しんでいました。カフェテリアでは、いくつかのメニューから好きに選んで食べられ、マカロニ&チーズなどという茹でたマカロニにチーズをからめているだけという、余り品の良いとは言えないものを好んで食べていました。最近になって、アメリカで学校の先生をしていた友達のお母さんに、アメリカでもおむすびをもっていくと、大抵「ライスボール!」の、洗礼を受けると聞きました。皆通る道なんですね。
 学校は、アメリカからアラブまで、様々な国の子供達がいましたが、欧米の子供達のお弁当は、ピーナツバターとジャムのサンドイッチとリンゴやスナック菓子が、ランチボックスに放り込んでいるだけ、という簡単なものが多かったと思います。ジャムのことをジェリーと言っていたので、私はサンドイッチにゼリーが入っているものと思い、変なもの食べるなあと思っていました。
染付のうつわライン
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